夏には今のような暑さを感じませんでした。道路は土がむき出しでアスファルトのような熱の照り返しがありませんでした。夕方になると打ち水をして、軒先では夜遅くまでロウソクの光の下で男の人が将棋を指していました。その将棋を見て、私たち子どもも将棋を覚えたものです。そして、子どもは花火をして楽しんだことを思い出します。
魚の棚は電気が通っていました。夕方5時になると篭屋の電気がつき、それが合図で「もう帰らなあかんよ」とよく言われたものです。電気が通っていてもどこかのお家がアイロンを使ったら、電圧の問題で一角の家全てが停電になってしまうほど、不安定な電気事情でした。今は本当に結構な時代だと思いますよ。
魚の棚では夏休みになると、朝のラジオ体操は出来ないので夕方に行われていました。この時代は、どこの家庭も子どもが六・七人居るのがあたりまえでした。子どもは、今のように手を掛けることもなく育ってきた時代でした。上の子は下の子を見るのが当たり前でした。それでも子どもはすくすくと育っていました。あるお家では寝冷えしないように布団みたいなものをお腹に巻いて寝かせていました。ある日、朝になると一人おらへんな?どこいったんやろと探すと、寝てるあいだにゴロゴロと庭に落ちて、床下に転がりそのまま寝ていた事もあったそうです。しかしこの時代はそういう子育てがあたりまえでした。それでも、みんな立派な大人になって社会で活躍しています。子どもの事をずっと見ている余裕が大人にはありませんでした。喧嘩しようが、先生にしかられようが、今の時代のように問題になる時代じゃありませんでした。この時代は、先生に叱られて当たり前、叱られても親に言ったら反対に怒られるのが分かっているので何も言いませんでした。宿題を忘れたら水の入ったバケツを持たされて廊下に立たされていた。それでも親は何も言わない。本人も自分が悪いから何も言わない。そういう時代でした。今の時代はえらい世の中やなと感じますな。と語って頂きました。
川崎さんは、学校から帰ってきたら玄関にぽ?ぃと鞄を放り投げ、すぐに外に遊びに行っていたそうです。鞄を置くと同時に一番下の妹を背中に背負って、それでも遊びに出かけていました。そんなおもしろい活気のあった時代でした。