明石・魚の棚をもっと知りたい、楽しく歩いてみたい……情報紙


魚屋さんに聞きました
魚利商店

●自分が初めてお店に立ったのは
いつ頃でしたか?
魚屋で働きはじめたのは15歳、中学校卒業してすぐだから、だいたい53年前かな。
●その頃、魚の棚の様子どうでしたか?
昔の魚の棚は魚屋やかまぼこなどの加工品が多く、明石焼きのような店はなかった。
●一番活気付いたのはいつ頃でしたか?
昭和40年代と50年代に一番活気があった。今はスーパーに人が流れている。スーパーの捌いてある切り身が売れるので、魚の棚のものが売れにくい。
●ダイエーなどの百貨店やスーパーの
影響はありましたか?
昭和はスーパーの影響があり一番こたえた。他には、少子化や核家族の問題で消費量が減ったように思う。
●配達や調理といったサービスは
いつ頃から行っていますか?40〜50年前から配達はやっている。調理はキスの天ぷらや刺身など、揚げたり切り身にするところまでやっている。
●明石海峡大橋ができて何か
変化はありましたか?
明石海峡ができて観光客は増えた。しかし、観光客は乾物や揚げ物は買うが、持ち運びができない生の魚は買わない。地元の人は昔に比べると買いに来ることは少なくなった。
●昔と今で生活の時間帯に違いはありますか?
昔は朝4時から魚を卸していたので朝早かった。そこから夜7時頃までなので、一日14〜15時間は働いていた。今は朝6時に卸売り市場へ出向き、その後すし屋に配達する。10時頃に店に戻り、昼になると昼市に行く。午後は昼市で買ってきたものをまた店で売る。
●大東さんから見て、若い人(世代)は
どのように映っていますか?
一生懸命働いているし、これからも頑張って欲しいと思う。彼らが頑張ってくれるからこそ仕事も店も成り立っている。

かねき
●店はいつからしてるんですか?
親の代の前は、別の方のお店でした。その店を親が継いだので、正確には年数は分からないです。
●店主になった時の心境は
 どんな感じでしたか?
もともとやりたかった仕事だったんで。
●仕事のやりがいは何ですか?
自分が良いと思って仕入れてきたものを売るんだけど、その良い物を安く売れたときが嬉しいね。メインは地元の鮮魚を仕入れてます。
●昔と比べて魚屋が減ったように 思うのですが?
目に見えて減ったわけじゃないです。
●お店の特徴は何ですか?
明石の魚しか扱わなかったりする店もあるけど、うちの店では明石の魚はもちろん全国のよい物、養殖物や輸入物、冷凍物とかいろんな産地のものを揃えています。
●お客さんにはどんなサービスを
 していますか?
お客さんに言われたことには大体応えてるよ、天ぷら用にしてくれって言われたらそれように切ったりもしています。
●将来どのような店に していきたいですか?
やっぱりお客さんに喜んでもらえる店にしたいね。
ただ、来てくれるお客さんも昔と変わってきて、それこそ魚も見たことないような人もいるね。
●若い世代の方なども 多いということですか?
そうやね、どう食べていいかわからん人も多いからどう調理したらいいか教えてあげたりもしてるね。
●藤原さんたちの世代から見た上の 先輩方についてはどう思われますか?
尊敬してますよ。守っていかなあかんところっていうのはもちろんあるし、逆にこれは今の時代あかんやろうっていうのもやっぱりあるから。昔は鯛一匹まるまる売り出してても売れるような時代やったけど、今はそんなんじゃ売れへん。最低でも鱗取ったり切り身にしたり。例えば、小魚6匹売ってても、お客さんが3匹がいいって言えばじゃあ3匹でいいよっていう売り方になってきてる。調理しなかったらこの値段でいいよとか、これだけ買ってくれればこれだけ負けとくよっていうのもあるけど、あれはあかんね。何匹って言われたらバラ売りでうる。そこが上の世代の人たちとの違いかな。魚の棚でもスーパーの店と同じように売ってる店も出てきて、確かにそのほうが若い人も買ってくれる、でもそのうち味付けもして出すようになって、そうなると魚の棚らしさがなくなるというか、どっかで止めあかんなと思うな。そこが悩みどころかな。
●明石海峡大橋ができて観光客が
増えたみたいですが、
お客さんは地元の方が多いんですか?
いや、観光客の方が多いんちゃうかな。ただ買ってくれるかどうかが問題で、生ものはあんまり買ってくれへんね。
●周囲の変化で影響があったことはありますか?スーパーが周りにできてきたことは影響がでてるね。
●それは悪い意味でですか?
そうやなあ、だんだんあかんようになってきてる。
●今はもうないですが、ダイエーなんて
 特に影響があったのでは?
うーん、ダイエーさんはまた別で、ダイエーがあったからこっちの魚の棚までお客さんが来てたっていうのはあるね。なんでか2号線またいでお客さんが来てくれへん。
●お勧めの商品はありますか
サワラの味噌漬けがおすすめかな、バカ売れです(笑)

松谷商店
●お店はいつ頃からやられているのですか?
江戸末期の古地図に、松谷庄蔵という名前があり、そこから「松庄」となったわけです。江戸末期にはあったかなりの老舗ということです。
●松庄さんはインターネットなどを使って積極的にサービスを行っていますが、どのような経緯でやることになったのでしょう?
わりとそういうことは言われるんだけど、僕の中でこれはオマケ的なもので、僕の一番守りたいものは、もっとベーシックな部分やねん。インターネット云々は一つのツールでしかない。明石の魚をPRすること明石の魚を売りたい、この一言に尽きますわ。
●明石、魚の棚の魚は、他のスーパーなどの魚と何が違うのでしょうか?
鮮度ですわ。明石では昼に競りがあって、魚の棚ではとりたてのものが店頭に並びます。鯛とかタコのようなブランドはもちろん、太刀魚や鯵といった大衆魚でもおいしく刺身で食べられるんです。これは魚の棚が競り場と隣接しているからです。
●お客さんは以前と今では変化がありますか?
歴然ですわ。10年前なら調理しなくても飛ぶように売れたからね。それが今は太刀魚でも鯵でも、刺身やったら刺身用にしないとまず買ってくれないですわ。でもそこまでやらないと売れないし、それがニーズなんやろね。
●商店街にくるお客さんの求めるものは変わってきているのでしょうか?
お客さんが求めてるものって意外とないな。こっちから提案したものを受け入れてくれるかどうか。だから僕は最初の話しに戻るけど、僕が売りたいのは『明石もん』やねん。
●以前と比べ、今魚屋はどういった状況にあるんでしょうか?
厳しい状況ですが、その原因は何かというと、よく言われる景気が悪いということではない。何故なら景気が悪いと言っても世帯が食にかけるお金自体は減るどころか上がっているから。生活様式の変化もあるでしょうね。
●現在の魚の棚は厳しいとありましたが、具体的にどういった部分が厳しいのでしょうか?
考えられるのは、やはり世相を反映しているということ。それは魚の棚の商店街も例外なく影響は受けてる。それで僕が提案したいのは、スローライフ、スローフードということ。つまり買い物、料理を作る、食べる過程で楽しむいうこと。家族の中でも手間暇かけておいしい料理やったら楽しい団欒にならへんかな。
●魚屋さん同士で棲み分けをされているんですか?
お互いに競い合うことが大切なんですわ。競合店には、負けるかという気持ちで、互いが頑張ってレベル上をげていけばいい。誰だって負けたくないじゃないですか、競い合うことで誰が一番得するかといえばお客さん。それが魚の棚の一番良いところです。またその環境が魚の棚にはあると思う。

 
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